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【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.1:宝泉院(曹洞宗)】

【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.1:宝泉院(曹洞宗)】

 宝泉院は山号の赤倉山が示す通り、かつて岩木山東麓の赤倉山中にあった、鬼神にまつわる様々な伝説を持っている寺院です。開基は大同2年(870年)にまでさかのぼり、次のような言い伝えがあります。

 約千二百年前の延暦14年(795年)のこと、“道の奥”とも呼ばれたみちのくの地で賊が暴れたため、朝廷は坂上田村麻呂を征夷大将軍に任じて派遣しました。日本海を渡って岩木山麓に進軍しましたが思うように平定が進まなかった頃、田村麻呂の枕元に白髪の仙人が立って戦術を授けたとされます。目を覚ますと卍吉祥の旗があり、この夢に従ったところ賊を平定することができました。このことを朝廷に報告し、これを受けた帝の勅令によって赤倉山に堂社が建てられ、鬼神を祀って赤倉山大権現と神号を授け、鬼神赤倉山宝泉院と名付けたとされます。この赤倉山中にあった寺跡には、今は大本殿と三重塔が建っています。他、寺には大権現を描いた掛け軸が寺宝として残っていましたが、昭和54年の火災に際して焼失してしまい、今は模写されたものが残っています。

 また藩祖為信が津軽統一の途上だった頃、異人が現れ「汝の宿願、成就の時いたれり」とお告げがありました。為信が名を問うと赤倉山の鬼神だと名乗ったといいます。それ以後為信は田村麻呂に倣って卍を旗印として津軽平定の軍を起こし、勝利を収めました。

(「こころ 津軽のお寺さん巡り 弘前編」より抜粋。)

#弘前公益社#津軽のお寺さん巡り#宝泉院#曹洞宗

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