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【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.3:報恩寺(天台宗)】

【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.3:報恩寺(天台宗)】

 弘前高校を過ぎて間もなく、桔梗野通りの手前を左に折れる道が「報恩寺通り」と呼ばれます。津軽家の菩提寺は元々曹洞宗の長勝寺でしたが、寛文元年以来、再び長勝寺に墓が移されるまで、津軽家歴代藩主の菩提寺として大きな勢力を持ちました。

津軽家の菩提寺が曹同宗から天台宗に宗旨替えした背景として。二代藩主信枚が徳川幕府の有力者であった天海大僧正を師とし、帰依(きえ)したことあげられます。つまり、宗旨替えすることによって、幕府の心証を良くしようとした政治的配慮と言われています。報恩寺の名前も「恩に報いる」ことからきていると言われ、為信に嫌われた天台宗の大寺院が城下にも建てられるようになり、報恩寺は三代藩主信義以降の津軽家菩提所として栄えます。

昭和29年、藩主の墓は全て長勝寺に移葬されました。墓所を一か所にまとめたいという津軽家側の意向があったためです。それ以来、報恩寺に残された津軽家ゆかりの墓所はなくなりました。

(「こころ 津軽のお寺さん巡り 弘前編」より抜粋。)

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