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【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.53:龍泉寺(浄土宗)】

【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.53:龍泉寺(浄土宗)】

 新町通りの突き当り、誓願寺の山門右手前にあるのが龍泉寺です。開山したのは誓願寺二世無角和尚の弟分、良故龍呑和尚とされます。肥後(現在の熊本県)の名族出身で、どうして津軽へ来たかは不明ですが、藩主から青森の町づくりを命じられ、寛永3年に龍泉寺を開山したとされます。龍呑はまた寛永5年に青森の正覚寺も開山しており、青森と弘前間を行き来しながら町づくりに腐心したと思われます。

 龍呑はその功績によって藩の相談役となりました。そのつながりもあってか、同寺には天海大僧正が徳川家康から拝領して愛用した文箱や、葵の紋が入った家康使用の茶入れ、家康の養女で二代藩主信枚の正室である満天姫が使った茶杓などの物品が寺宝として残されています。

 また境内にある御堂には厨子入りの秘仏身代わり地蔵尊と御前立ちの地蔵尊が安置されており、身代わり地蔵には次の話が伝わっています。紺屋町には敦賀屋文右衛門という信仰深い人がいました。享保11年に100日以上も雨が降らず、農民たちの間で水をめぐって争いがあった際、文右衛門の息子は争いに巻き込まれて頭から血を吹く大けがを負いました。文右衛門が先祖から伝わる地蔵さまに一心にお祈りをしたところ、一夜にして息子の傷は癒え、代わりに地蔵さまの頭に傷跡が浮かび、血が流れたと言います。文右衛門はこれに驚いて龍泉寺へと託し、以来身代わり地蔵として敬われています。

(「こころ 津軽のお寺さん巡り 弘前編」より抜粋。)

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