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【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.55:専修寺(浄土宗)】

【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.55:専修寺(浄土宗)】

 東和徳町にある専修寺は、その創建を天平時代(729〜749年)にまで遡ると伝えられています。元々は阿闍羅千坊の一つでしたが、慶長年間(1596〜1615年)に大鰐町へ移り、さらに現在地へと移転したとされます。宝暦10年(1760年)には、名越派総本山である専称寺から末寺として認められ、「専修庵」の寺号を授与されました。そして昭和31年には正式に寺院へ昇格し、現在の「専修寺」と改称されています。

同寺は和徳地区の歴史とも深く結びついています。かつて和徳城主であった小山内讃岐守は、南部氏の重臣であったため大浦政信(藩祖為信の祖父)と対立していました。ある日、政信が和徳城を攻めたものの返り討ちに遭い、流れ矢に当たって命を落とします。その仇討ちの機会が訪れたのは、藩祖為信の代でした。端午の節句の宴が開かれていた和徳城を為信が奇襲し、讃岐守は親子ともども捕らえられます。為信は祖父の仇である讃岐守の首を斬り、さらし首にしたと伝えられています。その際の凄まじい形相を見た讃岐守の妻は、供養を願い、南部藩の著名な画家にその姿を描かせたといわれています。

また元禄4年(1691年)、同寺には阿弥陀如来像が寄進されました。本尊の胎内には先述の讃岐守の絵が収められており、朝夕の読経によって供養が続けられています。加えて、10年から15年ごとに御開帳が行われ、地域の人々にその歴史を伝え続けています。

(「こころ 津軽のお寺さん巡り 弘前編」より抜粋。)

#弘前公益社#津軽のお寺さん巡り#専修寺#浄土宗

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