【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.4:最勝院(真言宗智山派)】
【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.4:最勝院(真言宗智山派)】
最勝院といえば五重塔、仁王門のあることで知られます。また善知鳥神社(青森市)や櫛引八幡宮(八戸市)と共に、県内で初詣客が多く、夏の宵宮も「大円寺の宵宮」として有名です。
常陸国(茨城県)から津軽にやって来た弘信上人が開き、当初は大浦(岩木町)にあった西勝院の住職をしていました。その後天文元年に堀越の郊外(萩野)に最勝院を創建し、その後、弘前城築城後の慶長16年、鬼門鎮護のため田町に移転しました。
享保6年になって、勧修寺宮が住職となって津軽にやってきました。宮家から住職が来たのは同寺が初で、かつ官位も高かったため、藩主も頭に上がらなかったそうです。最勝院の絶大な勢力の要因はこういう所にもあったようです。
そんな同寺も明治初めの「神仏分離(仕分け)令」で別当職を解かれ、寺領も失いました。塔頭のほとんどが廃寺となったので、檀家を抱えてやめることもできず、蔵館(大鰐町)へ移った大円寺のあとへ移転したのです。年配の人たちは今でも最勝院のことを大円寺と言いますが、背景にはそんな歴史があったのです。
(「こころ 津軽のお寺さん巡り 弘前編」より抜粋。)
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