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【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.10:藤先寺(曹洞宗)】

【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.10:藤先寺(曹洞宗)】

 藤先寺は、西茂森弾林街の赤門をくぐってすぐ左側にあります。山号を長雲山といい天正のころ藤先に創建されたと伝えられています。

 大浦氏四代為則の子の五郎丸と六郎丸が、天正十三年の夏、藤先の平川で舟遊び中に突然舟が転覆、二人とも水死してしまい、二人の姉である為信の室阿保良姫はこれを悲しみ、藤先に寺を建て中岳和尚に供養させたのが藤先寺の始まりだと言われています。

 元和年間に今の弘南鉄道平賀駅の裏辺りの大光寺へ移り、その後、足利氏の血をひく大河左馬を鎌倉から招き、一万石の知行と大光寺城を与え娘の富姫を嫁がせていますが、わずか四年後に病気で亡くなっています。夫はもちろん為信も大いに嘆き悲しみ、藤崎寺に葬るとともに二年後には追善供養のため三重塔を建てています。

 富姫が亡くなったとき、不幸を知った近衛竜山が追善供養の哀悼歌を詠んで為信に寄せています。最初の一首は「なげきても/かへらぬ道の/かなしさの/思いやられて/ぬるるそてかな」六首からなっており頭文字が「なむあみだぶ」と並ぶようになっており、哀悼歌は巻物に表装され今も寺宝として残っており、弘前市文化財に指定されています。

(「こころ 津軽のお寺さん巡り 弘前編」より抜粋。)

#弘前公益社#津軽のお寺さん巡り#藤先寺#曹洞宗

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