【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.14:橋雲寺(真言宗智山派)】
【津軽のお寺さん巡り~弘前編 vol.14:橋雲寺(真言宗智山派)】
橋雲寺は、最勝院、薬王院、国上寺、久渡寺とともに「津軽真言五山」といわれ、真言宗智山派の由緒ある寺です。橋雲寺の前身、教学院が黒石市浅瀬石村に開山したのは慶長六年、武運長久の祈願所としたのが始まりとされています。慶長十四年、二代目藩主信枚が浅瀬石城のあった高賀野から西を望むと愛宕山に向かって雲の橋が架かり、勝軍地蔵が渡るのを見たという。そこで信枚は、愛宕大権現を高賀野から現在の愛宕山頂へ移しました。橋雲寺という寺名に変えたのもこの時期で、信枚の故事に由来します。しかし高賀野から愛宕山が見えるはずもなく、勝軍地蔵が雲の橋を渡ったのを見たというのもあくまで権威づけとみられ、信枚は最初から大浦城のそばである愛宕山に移すつもりではなかったかと思われます。山頂の奥の院はこのとき建立されたもので、今も当時の形をそのまま残しており、桃山時代の形式を伝える貴重な建造物です。
津軽民謡「ホーハイ節」で「愛宕山高いじゃ…」と歌われているように、愛宕山からの見晴らしは素晴らしい。古くから津軽一円の信仰を集め、中でも旧暦6月23日の前夜祭と24日の例大祭は多くの参拝客でにぎわいます。
(「こころ 津軽のお寺さん巡り 弘前編」より抜粋。)
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